オリンピック、終わりましたね!!

滑りだけでなく、みんなのコメント一つ一つにも感動し、

よりよいスノーボードの未来を思い描くことができました。

 

そしてキララ卒業生達が初出場見事入賞・・・!!

信じられない活躍・・!!

悔しい想いもいっぱいあると思うけれど、

みんなは本当にかっこよく立派でした!

 

スノーボード男子ハーフパイプ/片山來夢くん7位入賞、

スノーボード女子ハーフパイプ/富田せなちゃん8位入賞、

スノーボード女子ビックエア/鬼塚雅ちゃん8位入賞

スノーボード女子ビックエア/岩渕麗楽ちゃん4位入賞、

 

私にとっても今回のオリンピックは、

自分が出場した16年前と同じくらいとても大きくて、

みんなの滑りを見ながら涙が止まりませんでした。

 

感動や、感謝や、頑張ったことや、これからのこと、

いろいろあって消化できないので、書いてみることにしました!

 

2003年からやってきたKIRARA KAMPは、オリンピックやプロ、上達を一番の目的としないプログラムです。
でも、全力で楽しさを伝えた結果、世界を目指す子でいっぱいになり、
がんばる子ども達を応援したくて、発表会を作ったり、子ども達をみんなに知ってもらうお手伝いをしたり、
世界につなげるお手伝いをしたり、応援を頼んだり、人や情報をつなげたり。

社長でありらいおん先生であり夫の今井勇人と、これまで二人三脚で、たくさんの人に助けてもらいながら、
常に手探りで、道なき道を進んできました。2010年には“はじめてのスノーボードから世界までの道のり”
がうっすらと出来上がっていき、16年目の今年、卒業生がオリンピックで活躍するまでになりました。

自身のオリンピック出場後、すぐにはじめたKIRARA KAMPの活動は、選手の時と同じく、楽しい大冒険でした。
今ではキッズスノーボーダーも増え、育成に関わっているプロの方や、リゾート、メーカー、メディアの方もたくさんいます。
今回、平野選手をはじめとした日本代表の活躍に感動し、“スノーボードをやってみたい!”と興味を持ってくれた方たちを
全国各地で受けいれ、スノーボードの体験を提供し、その後の育成までを、みんなで見守っていけることは、本当に素晴らしいです。
今後はきっと、どんどんいい選手が育っていくと確信しています。16年かけて道を作れたこと、本当に楽しい大冒険でした。

今後もキララは、はじめてのスノーボードから世界までのプログラムを行っていきます。
私は強化よりも普及の方が得意なので、普及をメインにやっていきたいです。
チャレンジしたいことがたくさんあってワクワクしていますし、
KIRARA KAMP20周年、30周年を目指しながら、
大事に続けていけたらと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします☆

 

2つ目は、スロープスタイル/ビックエアで

6人もの選手がオリンピックに出場できたことがとても嬉しかったです。

2011年夏、スロープスタイル・オリンピック新種目発表から今日まで、

本当に長かったので、とにかくほっとしています・・。

 

KIRARA KAMPをはじめて7年経った2010年、世界を目指す子どもが増えてきたため、
SAJクラブ“アルツキララクラブ”を発足しました。(現:キララクエストスノーボードクラブ)
そして、“はじめてのスノーボードから世界までの道のり”がうっすらできてきたと感じていた2011年、
たくさんの大きなことが起こりました。2011年3月、大震災。私は第2子を出産した直後で、実家のある四万十にいました。
その夏に、スロープスタイルがオリンピック新種目として採用されるという発表がありました。
すぐに関係者の方に連絡。アルツキララクラブ所属であった角野友基、鬼塚雅に
ワールドカップ出場のチャンスを下さいとお願いをしました。

また震災の影響もあり、2012年に軽井沢へ移住、新しい場所で子育てをしながらの事業立て直しが始まりました。
キララにとってとてもしんどかった3年ですが、卒業生たちの数々の活躍にとても励まされました。
2014年ソチ五輪では角野友基選手が8位入賞。2015年には鬼塚 雅選手が世界選手権で優勝。
その他たくさんのキララキッズ達の活躍も素晴らしく、卒業生達からたくさん元気をもらうようになりました。
2014年、私は全日本スキー連盟の普及委員に、今井勇人は強化委員になりました。
世界を目指す子ども達を世界の舞台までお手伝いしてあげたいという気持ちで関わらせていただくことになりましたが、
そこから平昌五輪までが本当に大変でした・・。軽井沢での新事業の展開、全日本スキー連盟の活動、
自分の子どもの話が耳に入らない状態でここまで必死にやってきました。
夫がこの2年務めさせていただいているナショナルチームコーチは、とても重い仕事です。
大事な選手の命や人生に関わるそんな仕事です。その重みは私も感じていて、その活動を優先しなければという気持ちは常にあり、
特にこの夏からは自分も緊張の中、頑張ってきました。夫が平昌に引率させてもらった2週間は、
軽井沢でのスクール事業2シーズンの中でも一番の忙しさが続きました。オリンピック関連の取材も入り、
子どもの学校行事も重なり、張り詰めた中で、キララ卒業生達の姿をLIVEで観戦。
ビックエア女子が終わった瞬間、これまでのことが次々と思い出され、一人で号泣していました・・。

大震災、拠点を軽井沢へ、スロープスタイル・オリンピック新種目、小さい子ども二人を抱えて、
新しい場所での新事業の展開、いろんなことを経ての平昌五輪。

でも終わってから1週間経ったいま、これまでのよかったこともわだかまりも疲れもすべて混ざって、
きれいに消化できたような感覚になりました。よかった。これでまた前に進めます。

最後に、軽井沢のスクールのみんなに心からお礼が言いたいです。
スタッフのみんなの協力なしではここまで乗り切れませんでした。
スタッフ待機場所で、私がレッスンの合間にすぐに観戦ができるようにパソコンを開いて待っていてくれたり、
私がレッスンに出なくていいようにしてくれたり、休みなしで私と一緒に頑張ってくれたスタッフ達。
仕事の大事な休みに家族で駆けつけてくれるスタッフも。そんなみんなの協力があったから乗り切れました。
本当に心から感謝しています・・。

 

長々と書いてしまった文章を読んで下さった方、本当にありがとうございます。

書いているうちに、これまでのこと、これからのことが見えてきました。

誇りに思うスノーボーダーがいっぱいで、スノーボードの未来がとても楽しみです^^

そしてこれからも自分ができることを楽しみながら続けていきたいと思います!

みなさん、今後ともどうぞよろしくお願いします!

 

KIRARA KAMP代表 橋本 通代